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BUMP OF CHICKEN
# by niyalife | 2005-02-25 22:30 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.7

Chapter.6からの続き→

●はははは。
「初詣ってどういう意味があんの? あれやること自体」
●新年の願掛けをするんですよ。
「なるほど。ああいうのとかわくわくしながら待ってますね、俺ね、2004年の最後とか。メンバー4人で集まったりしますよ。それで寒い中、息が白い中で、誰かが何かを出したりとかね。ケツとか」
●ケツかよ。
「ケツならいいんだけど」
●まだやってんのか(笑)。
「やります。礼儀ですよ。ほとんど全員がたき火の前とかでやったりしますけど、そういうのをカウントダウンしながら待ってる感じですからね。だからもう終末感とか一切ないっすね。何かが終わるっていうことに美徳を感じないんすよ。何かが終わる時に発せられるパワーっていうのはすごくあると思います。何かが死ぬ時とか、あと映画が終わる時とかっていうのは、やっぱすごいまくしたてて、ガーッとパワーがいくじゃないすか。そういう時にパワーがあるっていうのはすごい知ってるんですけど、そこにリリカルな気持ちを持ってしまったら、そのパワーに失礼だと思うしね。だから2004年はどうだったっつうのは……ま、死ぬ時にさ、『俺の人生どうだった』っていうぐらいにしとこうかなと。まあでもラジオとかでね、『2004年どうでしたか?』とか聞かれて、『すごいよかった』って勢いで答える時もありますよ(笑)」
●本当にね、あなたの音楽は挑戦ですよ。“終わり”とか“死”とかっていうものからの逆算というかカウントダウンというか、それがあるから“生きる”ってことを歌うということではない、“生きてる”っていう、この淡々とした現実っていうとこから物事を進めていく音楽っていうのは、僕はすごい挑戦の音楽だと思う。安易なとこに逃げてないことも含めて。
「ありがとうございます」
●それがどうか鳴りやまないように作っていって欲しいなと思うんです。
「そうですねえ。ま、淡々としてますよねえ。日常自体がそんなもんじゃないすか。でも『いや、そんなことないよ』って思ってくれる人はいっぱいいると思います、今俺の言葉を聞いて。ほんと、そうなんすよ。事実は淡々としてるんです。で、俺もそんなことしか歌ってないんです。それがどうだとか、そういうことはあんま興味ないんです。事実さえも、歌ってしまえば淡々とはしてないというか」
●生きてること、存在してることは激しいことだと思うんだね。
「そうそう。だからツアー回ってて、お客さんにツアーの感想的なお手紙もらうこともあるんですよ。で、どんな言葉で書いてたのか忘れちゃったけど、いわゆる淡々としてた日常に活気が出てくるというようなことを書いてくれてたんすけど。そんなの、だって俺は日常しか歌ってないし、あなたは日常を生きてるわけだし。つまり俺はあなたの日常を歌ってるわけだし。で、あなたが俺らのライヴで感じたことはあなたの日常なわけだから、あなたの日常のドラマティックさ加減がどれほどのものか、と。つまり、現実っていうものがどれほどドラマティックかと。だからライヴって特別な空間じゃないすか。でも、あれさえも日常なわけですよ。だから逆を言えば、ライヴも『特別的なところに参加してるぞ』的な気持ちにならなくても、もうちょっとそういう気持ちになれるんじゃねえかなと俺は思うんです」
●それぞれの中で?
「そう、それぞれの中で。“ダイヤモンド”でも歌ってますけど、上手に歌える必要なんかまったくねえし、俺自身どうか危ういし、そういうことじゃねえんじゃねえかなと。日常を歌ってしまうってことが素晴らしいんじゃねえかなって。そんなクソつまんねえ淡々とした日常を歌うことができたら、もう本当に日常ほどスリリングなものはねえんじゃねえかなと思います。“歌う”っていう行為は俺にとってのことですけど、同じように歌う人がいてもいいと思うし、それを絵にする人がいてもいいと思うし、それが仕事な人がいるかもしれないし、サラリーマンとして。何でもいいと思います。俺にとっては“歌う”っていう行為です」
●琴線に何かを突き刺していくことが藤原基央の音楽というコミュニケーションなんだろうね。
「うん。俺がステージに立ってる時みたいにコンビニでレジを打ってる兄ちゃんとか見たことありますよ。『うわ、ほんとコンビニのレジ打ちに、意識してねえだろうけど命かけてんだな、こいつは』っていう奴を見たことありますよ、俺」
●で、それが音楽になっていく?(笑)。
「たまたまそういう時に自分が詞とか煮詰まってたりするとね、教えられたりしますからね、やっぱね。“あ、こうあるべきだな”と。そのコンビニのレジの兄ちゃんは結果論とかじゃなくて、そん時の一期一会をすげぇ大事にしてると思うし。あと自分の打ってる作業自体が全部責任を負う作業だってことも知ってるだろうし。でも、そうしないと仕事が楽しめねえとか、そういうことは考えてないと思う。結果論とか考えてないと思う。もうほんと、その瞬間瞬間のことをすごい大事にしてると思う。教えられたよ、俺いろいろ。その兄ちゃんに『あんたの日常ってどういうものですか?』って聞いたら『いや、コンビニのレジ打ちです。つまんねえもんですよ』とかって笑われるかもしんないすよ、その兄ちゃんに俺がね。でも『あなたの日常を歌えばこんなに素晴らしい歌になりますよ』ってことも俺は言えますから。どうか、俺の曲を真ん中にして、俺と一歩ずつ近寄ってくれたリスナーの人がもしこれを聴いてくれてるんであれば、このインタビューを見てくれてるんであれば、どうかそういうふうに『あなたの日常は歌になってるんだ』ってことを知ってほしいなと思います、ぜひ」
●一期一会が続くね。
「一期一会は一生続きます」
●幕張があって、で、この放送がある頃には韓国でもライヴやるしね。
「うん。俺いまびっくりしたんですけどね、コーヒーが苦くなってあったかくなってる。これいつ変えてくれたの?」
●夢中になって語ってたってことだよ(笑)。
「最近ね、悩みがあるよ1個。言葉が多いじゃないすか、俺」
●そうだねえ。
「しゃべんのが好きだと思われてるんですよ(笑)」
●ははははは!
「しゃべんのは嫌いです。言葉大っ嫌いだから言葉が多くなっちゃうんです、どうしても。誤解されたくねえし、ちゃんと伝えたいから」
●あとコミュニケーションが好きなんじゃないのかな(笑)。
「コミュニケーション自体は好きですよ、たぶん。それは歌うことが好きですから」
●結論は、フジが一番できることは音楽なんだね。
「うん。パン屋さんはパン焼くの上手っすよね。俺は歌作るの上手なんすね、きっとね。俺はあの兄ちゃんみたいにコンビニのレジ正確に打てないと思うな。俺はたぶんそういう人なんだろうな。そう思います。それだけのことなんだと思います」
●このインタヴューが何かに触れることを僕は望んでますので。
「何かに触れたらいいねえ。本当にいいねえ」
●また語り合わせてください(笑)。
「鹿っぺほんと面白い人なんですよ」
●俺のプロモーションしなくていいから(笑)。
「いやいやいや。最近ちゃんと仕事ある? 大丈夫?」
●悪かったな、ちゃんと食えてるよ!
「よかったよかった。大丈夫だそうです。意外と心配してる人多いと思う」
●終わろ! 心配なんかされたくない(笑)。
「今日は俺の勝ちだな(笑)。また語り合いましょう、ぜひ」
●お疲れさまでした。
「はい、お疲れさまでした。聴いてくれてた人達もお疲れさまでした。また」F


*藤原基央にとって音楽とは?
「僕にとって音楽とは、言葉では言えません! 勘弁!!」

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:32
# by niyalife | 2004-12-30 05:05 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.6

Chapter.5からの続き→

●そんな大きいところで、不特定多数に向けて自分の音楽を放つっていうことが?
「そうです。『お客さんに対して怒る回数が減ったじゃないですか』ってお手紙をもらったことがあります。『私は昔のほうがよかった』、『おめぇら、手拍子なんかしてんじゃねえよ、一緒に合唱してんじゃねえよって言ってたほうがよかった』って手紙をもらったことがあります。最近よくもらいます。言われてみると確かに演奏止めて言う機会っていうのは少なくなりました。今でも止めて言う時はありますけどね。でも俺、お客さん信じてるんです、すげぇレヴェルで。だって俺がああしろこうしろっつったら、俺が先生でみんなが生徒じゃないすか。そんな関係じゃないです、俺とお客さんの関係っていうのは。俺とお客さん一緒にライヴ作ってるわけじゃないですか。お客さんは“客席”っていうステージに立ってるっつっても過言じゃねえし。だから俺が先生でお客さんが生徒みたいな、そういう図式はおかしい。ああしろ、こうしろっていうのは、温度がちょっと違う。例えば“Title Of Mine”の時に大合唱が起きたりすると、それはやっぱり温度が違うなと思ってしまって、今でも止めます。手拍子が起きちゃうと『ちょっと待ってくれよ』と言いたくなります。でも例えば、“fire signモとかは自分から手拍子を煽ってしまう時があります。あと、例えば今日の沖縄、“リトルブレイバー”の時に歓声が起きて手拍子が起きました。あれはあいつら本気だった。もう手拍子せざるを得なかったんじゃねえかな。“Title Of Mine”の時もそうだったんだと思うよ、俺が止めちゃったけど。でも申し訳ないけど、『ちょっと歌わしてくれ、ちょっと聴いてくれ』っていう時もある。それは人間だから、いろんな時があるから、そこは俺のムラだと思ってちょっと勘弁していただきたいんだけど。っていうのも全部含めて、俺お客さん信じてっから。そういう意味で、ある意味無責任だよね。前ほど“こうしてくれ、ああしてくれ。俺はこうしたいんだ、ああしたいんだ”って言わなくなった。提示しなくなったっていうのは、ある意味無責任だと思うんだけど、すっげぇレヴェルで信じてるんです。お客さんはお客さんで自分のリスナーという歯車で、客席というステージで素晴らしい動き方をしてくれるんだっていうのを、すごい信じてるんです。ぶっちゃけ、そうじゃない時だってあるんです。だけど信じてるんです。それが俺の責任っていうか、もう信じ続けることが責任というか。最近はそっちなんですよ。ほんと身も蓋もないんですけど(笑)、責任を取るという結果、見る人が見るとお客さんに対して無責任になったんじゃねえかって思うかもしんないっすけど、俺はステージに立つ人間として責任取ってるつもりなんだ。だってそれしか方法ないし、もう。で、ギター弾いて歌うっていう。アンコールは出がらしですよ、お茶に喩えたら。もう二番茶とかね、味しないんすよ、ほんとに」
●影も薄くなってるしね、最近アンコールね。
「うるさいよ!(笑)」
●はははははは!
「影なんか昔から薄いよ。影薄い人間じゃなきゃギター持とうなんて思わないでしょ(笑)。……でも出がらしが歌うのを聴いてくれる奴がいるんだもん。聴く奴が歯車として回り始めたら歌う奴も回っちゃうわけじゃないすか。びっくりするよ。さっきまで歩くのもやっとだった自分が、なんでまたライヴ開始と同じテンションで歌えてるんだろう?って思っちゃうぐらいびっくりします。それは俺が責任取った結果だと思うし、リスナーの人達が客席っていうステージで責任取ってすごい素晴らしく回転した結果だと思うんだ。すげぇわ、ほんとに」
●でも俺は、藤原がリスナーを信じてる、音楽を信じてるっていうのは、イコール自分のことも信じられるようになってるってことだと思うんだ。
「ああ」
● どんどん自分のことを信じられるようになってる、そういうアーティストが作ったアルバム。それによって、またもっと信じられるようになっていく。『THE LIVING DEAD』から『jupiter』、そして『ユグドラシル』へ、自分を信じることによって作品も大きくなっていって、1対1の関係がどんどんどんどん無限に近づいていく。……無限なんてないのかもしんないけどさ。だからこそ今回のツアーの中で、藤原は“fire signモの時にお客に明確な「一緒に歌おうよ」っていうコール&レスポンスを自分から発せられたのかもしれないし、幕張っていうステージに立てるようになったのかもしれないと思うんだよね。
「うん、へへへ、うん、無限ですね。昔からサイズには無頓着です、広さとか狭さとか。自分の部屋6畳間だったんです、ガキの頃。贅沢だったと思います。でも家族の本棚があったんだ、すげぇデケェの。そのせいでけっこう狭くなってたんです。物理的にも狭くなるし、意味合い的にも狭くなるじゃないすか、家族共有の本棚があると」
●そうだね、俺だけの部屋じゃないからね(笑)。
「俺はどこに何を隠せばいいんだ?っていうのもいろいろあるし。狭ぇなって思いました。でもね、猫を飼い始めたらノミが発生した時期があったんです。ノミが逃げるんですね、絨毯の上で。血ぃ吸うから捕まえたいじゃないすか。でもピョンと来てすぐ『あ、どこに逃げた?』ってなるわけです。絨毯広いなあって思いましたよ」
●はははは。
「だから狭いとか広いとか考え方次第なんですね。だから幕張とかも物理的には広いと思いますよ、今までやったとこに比べたら。でもお客さんはひとりひとりだし、お客さんが広いところに何万人いますっていう世界ではなくて、個人個人が広いところに個人個人の想いでひとりずつ立ってるって思ってるし。で、俺は個人で盛り上がってるし。要するに個人の1対1の想いがあるってことは、それは小さいところと何も変わんないじゃないすか。だから狭さとか広さのことを言えば、鹿っぺの言葉を借りれば、もう無限ですよ」
●でも、あえてもう1回聞きますけど。
「あえてもう1回聞くけど?」
●やはりそういう、より無限に近い場所で自分の音楽を勝負したいんじゃないか? で、それだけのものを自分の中から作れたっていう実感が、藤原にそうさせてんじゃないかと俺は思うんだけどね。
「うーん……何度も言わしてもらうけど、俺がミュージシャンとしてとか人間として幕張メッセという地を踏むこと、それに何ら感慨もないんです、ほんとに。例えば『日本武道館でやれるようなバンドになろうぜ!』とか、そういうことを言い始めて組んだバンドでもないし、2万人とか前にして歌ったこともありますけど、『俺はこんな多くの人を前にして歌うようになったんだな。父ちゃん母ちゃん見てくれよ』みたいな気分になったこともないし。本当にもうどこまで行ってもお客さんとは1対1であって。お客さんがいっぱいいるんであれば、そのいっぱいを細分化してひとつひとつがいるんだっていうのをすごく意識してるし、俺は。っていうか本当に感じざるを得ないんですよ、ステージっていう場所に立ってるとね。俺っていう人間が言えるのはそこまでなんですよね。……だからひとつ理屈を言わせてもらえば、バンドのキャリアがなければそれはできなかったと思います。メジャー・デビューして、セールスとしてある段階での成功なのかな、ちょっと収めて。で、より多くの人が聴いてくれるようになって、2万人……何万人入んの?」
●1万5千人(幕張メッセでのライヴの一日あたりの人数)。
「そんぐらいの人達が集まるようになったっていうことぐらいしか言えないです。『こんだけ多くの人が集まってくれるようになったんだねえ』みたいな声も聞きますけど、それはありがとうって思いますし、実際俯瞰して考えればありがたい話ですけど、それよりも何よりも重要なのは、30人だろうが20人だろうが…… お客さん6人の時もありましたから、アマチュアの時は。台風でね、そんな中ずぶ濡れになって聴きに来た奴とかいたんすよ。だから関係ないじゃないすか、1万人だろうが6人だろうがひとりだろうがっていうのは。本当に関係ないから。1対1だから。そんなの今も昔も変えようと思っても変えられない」
●とーっても貴重な体験いっぱいしてるよね。
「そうです。だからこないだね、スタッフに『幕張メッセ用にちょっとパフォーマンス考えてくれ』とか言われたりして。『尺を伸ばすとか、もうちょっとトークを増やすとか』的なことを言われたりして、すごい困っちゃったっす、俺。『ほんと無理、ごめん』『だよなあ』とか言われてね。そういうことわかってくれてるスタッフだから」
●でもどうなの? ツアー・タイトルで言えば、“MY PEGASUS”=俺のペガサスっていうものをどんどんどんどん走らせるツアーが終わりました。そして次は“PEGASUS YOU”です。そのペガサスを今度おまえらに――。
「ねえ(笑)。だからすごい後悔してますよ、ほんと。わざわざタイトル変えたこととか」
●ははははははははは!!
「すげぇこんな答えるの面倒なこと聞かれるから(笑)。いや、聞くのは悪くないすよ、付けたの俺らだからね、自業自得なんだよ。身から出たなんとやらですよ」
●そういうことじゃないんだね(笑)。
「そうそうそう。まあ俺達が乗り古してクタクタになったペガサスをね、沖縄に埋めますよ、生きたまま。……もうよくわかんないよ(笑)。ほんともうどうでもいいんだから、タイトルなんか。でもね、ひとつの言葉として重要になります、回ってる時は。“MY PEGASUS”って言葉として重要になりますけど。だからただのコードネーム。意味はなくていい」
●ただ別に羽ばたくばっかりじゃなくて、転んでスネ痛めたりとかいろいろしましたね、このツアーでもね。
「そんな苦労してたか(笑)」
● 本当にすごく貴重な体験をしてると思う。この前、新潟でライヴを観せてもらったんですけど、ああいうすごく切実な場所でも音楽というものを求めてくる人がいる。そういう場所で自分の音楽を投げかけるっていう。失礼を承知で言うと、それはすごくエキサイティングなことだと思うのね。そういうこともやってきたし、あとライヴをやってくことによって傷付いてもいる。だからいいことばっかりじゃないし、でも悪いことばっかりでもなくて。そういうことを全部自分が音を鳴らすことによって実証できるんだよね。
「そうですねえ、はい。全部言ってくれたじゃないすか(笑)」
●しまった!
「何の問題もないすよ。でも俺から『俺にとってライヴはこんなもんです』、『俺にとって歌とはこんなもんです』って言うのは、なんか野暮かなと思うんですよ。“自分はこういう人間です”って言える人はいないと思うって、さっきそういう話をしたじゃないですか。俺にとってはそんぐらい野暮な話なんですよ、『俺にとってライヴとは』とか『ツアーとは』っていう話をすること自体が。……っていうのじゃ答えになんねえかな(笑)」
●いや、OKです。じゃあ最後にもうひとつ野暮なことを聞かせてください。
「オッケーオッケーオッケー。野暮なことを聞くのがお仕事ですからね。いや、この人が信用できるのは、野暮なことを野暮と知りつつね、“でも聞くぜ、俺は”っていう覚悟を感じるからね、すごい僕は気が合うなと思うんです」
●(笑)。2004年は藤原基央にとってどういう年だったんですか。
「それは野暮だねえ!(笑)。憶えてねえもん、だって(笑)。……ちょっと思い出してみようね」
●今年前半はずっと音を作ってて。
「そうですねえ、レコーディングしてましたね、前半はね、はい」
●で、後半はそれを広めながら何かしらかのものを育ててる期間。
「うん。夏フェスもやったりライヴもやって、ツアーに出て。で、今それが終わろうとしてるっつう感じですね。でもね、ツアーが終わろうとしてるわけですけど、そんな実感まったくないって話したじゃないですか。そんぐらい2004年締めくくってないです、僕。……年末はだいたい実家に帰るんです。で、こたつに入ってみかんを食いますね。それ以上の締めくくり感はないっすよね。あの感じ大好きです。『今年はいろいろあったなあ』なんて、そんなの全然思わないです。その終末感を現在進行形で楽しんでるタイプの人間ですから」

→Chapter.7へ続く。

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:43
# by niyalife | 2004-12-30 05:01 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.5

Chapter.4からの続き→


●メロディはなんであんなに気持ちを羽ばたかせてくれるんだろうね。
「なんだろうね。うん、すげぇわ(笑)。あれすげぇよ。……例えば音楽を2種類に分けると、明るい曲と悲しい曲とあります。短調と長調と言いますね。短調はちょっと悲しい響きの曲ですね。長調ってちょっと明るい響きの曲ですね。本当に大きく分けてですけどね。“しゃぼんだま”って曲あるじゃないすか。あれ僕大好きなんですけど、あれ長調だと僕思うんです。明るいメロディだと思うんです。なんであれが物悲しく響くかっつうと、言葉。やっぱなんかこう……すげぇな(笑)。メロディは言葉以上に何かをしゃべりかけてると思うし、言葉はメロディ以上に旋律になる時もあるし。それは俺が音楽を表現手段として選ぶ理由になりますね、やっぱ」
●それでも伝わらないことが絶えずあって。
「ありますあります、全然あります!」
●それによって楽曲がどんどん本質に近づいて、いい楽曲になってるのが藤原の曲なんじゃないのかなあ。
「あぁ、かもしんない」
●で、その曲自身も生まれてきたことに意味があるから、どんどん成長していくよね、ライヴを続けることによって。
「はい。でもねえ、言葉は奪われる時があるんですよ。禁止される時があるんですよ、自分で。あるいは他人から。『こういうことを言ってはいけない』とか、もしくは『こういうことを言うのがちょっと怖い』とか『はばかる』とか。音楽は音楽ですから、ただの。………そうそうそう、感情とかではなく音楽ですから、奪われることはないの。ちょっとズルいけど、絶対奪われることはないんですよ。だからしゃべることを禁じられても僕は表現できるわけです。ふふふ」
●音楽っていいなあと思うんです。例えば“天体観測”って「星を見てる」っていう歌にも聴こえるんだけど、結果的に自分の心の中を見てると思うんですよ。
「まあ、そうですね」
●“夢の飼い主”も今の話でもわかるとおり、夢を見てるってことよりも、どれだけ自分自身にいろんなことを問いかけてるのか、その先にしか夢なんてものはあり得ないんだってことを歌ってると思う。でもそこですごく単調に「自分自身を見つめろ!」って言うだけでなくてさ、それが“天体観測”になったり“夢の飼い主”になったりするわけじゃん。
「うん」
●それは音楽だからでしょうね。メロディがあるからでしょ。
「うん、ほんとそうだ。ただの事実しか歌ってないんすよ。でもその事実が事実以上に意味を持ってくるっていうのは、感情を持ってくるっていうのは、要するにメロディの力だと思うし。それによって詞にも行間の想いっていうのが生まれると思うし。すげぇなあ、思いますよ、ほんと(笑)。何曲作ってもほんと思います」
●自分の歌に自分の中で不安とか恐怖を感じたりすることはあるんですか。
「それはありますよ。自分っていうもの自体がまだunknownというか未知なものじゃないですか。誰だってそうだと思いますよ、自分のこと100%理解できてる奴なんていないと思います、僕は。いたら本当にすげぇなと。ダライラマとかになったほうがいいんじゃないかなと思いますね」
●彼もわかってないんだと思うよ(笑)。
「どうなんでしょうね。僕、宗教とか真面目に勉強したことないからわかんないすけど。どうなんだろう……これ言っちゃったら身も蓋もないですけど、人は宇宙ですよ、本当に。何もわかんないすよ。ずっと広がり続けてると思うし、ずっと研究したところでね、まだわかんない新たな物質とかが発見されるような、そういうものだと思うので。当然僕もそうです。日本という狭い島国の千葉県という片田舎で育った、千葉県の中でも田舎のほうで育った藤原基央という人間でも、そういう可能性があるわけですから、そんな人間が歌う歌はね、やっぱ未知の部分があってもおかしくないし。だからそこに対する不安があってもおかしくない」
●だからこそ藤原基央は“わかったフリすんな”っていう歌を歌うんだろうね。
「いや、わかったふりだけは本当に……興醒めですからね、生きてることがね、わかってるフリした瞬間にね。するんだったらもう付け髭とか付けてね、ペテン師演じたいすけどね。『わかったフリしてまーす』みたいなね。『してまーす』って言った時にぽっぽっと花が咲くみたいな、そういう人間になりたいすけどね」
●なれないね(笑)。
「それに徹するんであれば本当にカッコいいと思うんですけどね(笑)。ほんと高度なネタの世界になってきますね、そうすると。…………何もわかんないです、ほんと、自分のことも世界のことも。他人のことなんかもちろん。だから何も怖いものはないっすよ、ある意味。『怖いものがある。俺は怖がってる』ってちゃんと認めれば怖くないじゃん。暗いから怖い、そんなの当たり前。そんなの怖くないっすよ。ふふふ」
●藤原の歌って、怯えることとか不安になることとかダメなこととか、そういうことに対してすごく優しいエールを贈るよね(笑)。
「ああ……。エールを贈ってるつもりはないです」
●ていうか、優しい部分を指してるよね(笑)、“ダイヤモンド”の歌詞じゃないけど。
「“ダイヤモンド”って『弱い部分、強い部分全部ひっくるめて自分なんだ。それを抱きしめてくれ』っていう歌ですけど、『弱くていいんだ。あ、よかった』って取ってくれる人もいるだろうし。でも人によっては『そうだ、弱い部分も俺なんだよな。これは困ったぞ』ってなる人もいるだろうし。俺はどっちも愛おしいです、聴いてくれた人は。前者の人はちょっと甘えるところを探してるのかもしんないです。でも後者の人は、その曲によってちゃんと覚悟をする人なのかもしんないです。どちらもどっちで僕は愛おしいです。だから何が言いたいかっつうと、優しいかもしんないし、厳しいかもしんないってことです。だってね、弱い自分を自分だと見直して過去に切り捨てたっていう歌ですよ。それを知ってしまう、ずっと呼んでたって気づいてしまう歌ですよ。それを認めろっつってる歌ですからね、ある意味ね。『おまえなんだからよ』って。だから聴く人によってはすごい厳しいんじゃないかな。『散々苦労して捨てたのにうるせえこと言うんじゃねえよ』って思う人もいると思います、いっぱい。だから人によってはものすごく厳しく響くだろうし、人によっては優しく響くこともあるだろうし。“優しい”って言葉をちょっと言い方を変えて言えば、人によっては都合よく響くかもしんないです。僕は、優しくしたいなとか思って歌ってるわけじゃないです。もうその中に厳しさだとか優しさだとか見つけた人の、その人の色なんだと、僕は思います」
●わかりました。藤原は『ユグドラシル』を作って生と死と向かい合って、自分の中で何らかの先に続く道標みたいなものは芽生えてきたんですか。
「いや、『最果てなどないと知』りましたよ、ほんとに。それに尽きますね」
●見事なセリフでしたね、あの一言は。
「ふふふ。さっきも言ったけど、逐一目標決めてやってきたバンドではないし、そういう人間ではないので。で、今にきてやっと『最果てなんかないんだな』ってことを歌えたわけです」
●“オンリー ロンリー グローリー”はこのアルバム製作の最初の頃だったもんね。
「そうですね。だから俺が望もうが望むまいが、そういうのとは関係なく俺っていう人間は続いていってしまうし、それは事実だし。それがうれしいとかそれが悲しいとか、そういう感情的なことではなくそれが事実であるし。それに対して前向きに、もしくは後ろ向きに生きていくんであれば、まあ結局心臓は動いてるわけだし、呼吸も続くわけだし。汚れていようが綺麗でいようがその事実は変わんないわけだし。ただ、その責任は取ろうかと思いますね」
●そして今度の幕張で、また自分の中で知らなかった世界に飛び込んでいくよね。
「はい。あのねえ、なんつんだろ……さっき責任の話をしたじゃないすいか、“責任を持ったと思う”って。それは身も蓋もないことを言ってしまうと、ある意味、取る行動として無責任になってると思うんです、お客さんに対して」

→Chapter.6へ続く。

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:43
# by niyalife | 2004-12-30 04:50 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.4
Chapter.3からの続き→

●あえて下世話な話として聞きますけど、『ユグドラシル』というアルバムも“夢の飼い主”という曲も、俺は藤原の中で怒りが書かせた曲だと実は思ってるんです。生きるっていうことの本当の意味を追い求めた曲をたくさん作ったっていうことは、やっぱり生きるっていうことや、ライヴっていうことや、ソウルっていうことや、そういうものに対して決着をつけてない、すごく薄っぺらい価値観や音楽が濫発して存在することが許されていることに対して、ものすごく憤りを感じた。その気持ちがこういう歌を書かせたと思った。
「なるほどなるほど」
●今の夢の話も、夢っていうものが逃避であったり幻であったりっていうのは、“安易なもので片付けるなよ”っていう話。答えがないかもしれないけどもっと深いところへ行こうよっていう、そういう憤りが書かせてる曲だと思う。
「なるほど」
●もしかしたらずっとそうなのかもしれないけど、今の藤原の中で歌をみんなに放っていく意味っていうのは、そういうところにも強くあるんじゃないのかなと思った。
「そうですねえ……いや、でも信じてるからこそできることなんですけどね、リスナーの人達を。…………なんつうんだろ、だからひょっとしたらこれもひとつの価値観ですよ、“夢の飼い主”っていう考え方ですよ、1個の。ほかの考え方もいっぱいできますし、否定的な見方だっていくらでもできると思います。でもその正しさがどうのこうのではなく、“夢の飼い主”があってるか間違ってるかとかそういうことじゃなく、それを音楽として聴いた時に、聴いた人それぞれが…… 歳とか関係なく、もう中学生だろうが小学生だろうが俺の親父と同じぐらいの歳の人であろうが、この曲に触れた時に何かその中から感じてくれて、何か自分なりの見解を持ってくれるはずだと。それが会話じゃないすか。そういうことだと思うんすよ」
●優しい部分にも悲しい部分にも刺さっていくんだよね。
「そうそう。だからどっかで習ってきた借り物の道徳に『あ、そうだよね』っていう、そこに当てはめたような答えを僕は望んでないし、そういうのではない本当にまったくオリジナルな自分の言葉で、自分の感情で、この曲に何かひとつの意識を持ってくれるだろう、この音楽に触れてくれるだろうと、僕は信じてます。で、結果はそうではなかったりするわけですよ。なんとなくで流れちゃう人もいるだろうし、自分の中で過去に経験した似ている何かを探してそれに当てはめる人もいるだろうし。もしくは、例えば“夢の飼い主”はわりと攻撃力が強い曲だと思うんですけど、だから曲を聴いた時に攻撃する側に立てる人と攻撃される側に立ってしまう人と2通りあると思うんすけど。実はされる側なのにする側に立って見る人とかもいるかもしんないし。だから僕が“信じてます”って言ったようには、現実はそれほど甘くないっていうのは知ってるつもりなんす。でも、それでも臆することなく僕は信じますよ、やっぱ。それがCDに値段つける人間の最低限しなきゃいけない覚悟だと思いますしね。俺らのことをずっと応援してくれる人達も、もしくは『できれば聴きたくねえな、あんな奴らの曲』って思ってるのにラジオとかでふいに聴いちゃった、『うわ、聴いちゃった』みたいに、図らずも聴いてしまった人、そういう人達にも何か届くんじゃねえかなって信じるのが、CDに値段つける人間の最低限の礼儀だし、最低限の資格かなと思うんですね」
●本当のコミュニケーションは、こうやってお互いにやり取りしながら前に進むか、何かが変わっていくものだよね。
「そうですねえ。コミュニケーションは求めてます。それを通して何がしたいのかっていうのはよくわかんないですけど、俺はおそらく俺自身を知りたいんだろうし。で、俺らの曲に近寄ってきてくれた人達、要するに俺と近寄り合った人達。音楽っていう道標を真ん中にして一歩ずつ近寄った人達と、お互いがお互い鏡になりゃいいなって思ってんじゃねえかな、きっと。……そうそうそうそう、うん(笑)」
●いや、まさにね、何を知りたいのか、どこにいきたいのかって聞こうと思ってたんだよ(笑)。
「あ、そう(笑)。ま、でも今僕が言ったことが僕の考えてる全部だとは、俺もちょっと言い切れないとこはあります。難しいです、やっぱ言葉に直すのは。すごい漠然としてるところだし、そこが言葉に直せないからこそやっぱ歌うんだろうし。だからもしこれを聴いた時にね、ひょっとしたら理屈で『それよくわかんねえよ。それちょっと道徳的に違うと思う』って言う人はいるかもしれないけど、ごめんなさい、ちょっと……そう言われても仕方ないぐらい支離滅裂な話をしてると思うし。……『いや、違うんだよ、わかってくれよ』ともちょっと言えないっていうか、もう歌うしかないっていうか。俺はたぶん今自分が言いたいことを言ったつもりでいますけど、100%言い切れたかっつったら、全然言えてないと思います。言葉っていうのはそれぐらい自分の中で力のないものであって」
●難しいものなの?
「言葉? 言葉はもう大っ嫌いですよ。しゃべらなくていいんだったら一言もしゃべりたくないです。“言葉を選ぶ”っていう行動はすごく愛せるんです。いっぱいある言葉の中から本気で思ってることっていうのは……例えば誰かを好きな気持ち、恋人を好きな気持ち。で、『好きです』って言葉があるじゃないすか。それを選んだとします。足りないじゃないすか、全然。『好きです』と言ったからといって自分の中の“好きレベル”を凌駕したような気持ちになれないじゃないすか。言い足りないというか」
●でも僕は音楽はできないんだよ、歌も歌えないんだよ、でも僕は好きな人に“好きだ”って伝えたい時もあるよ。そういう時に言葉は僕をを後押しするよ。
「でも必死こいて選ぶでしょ、言葉も。いっぱい選んで組み合わせて、『これいいのかな? でもこれしかねえな』って思いながら言うじゃないすか」
●いやいやいや、そうじゃないんだ。
「ほんと?」
●僕だったら、そういう場合は言葉を選ばないよ。『好き』の一言しか言わない。その代わり『好き』の一言以上言うよりも、そこにどういう表情をつけるのか、どれだけ好きか!っていうこれ(表情)を頑張るよ。
「なるほどね。だからそれが俺にとって歌なんだよ、きっと」
●そうなんだよね。
「だから好きとかにしろ何にしろ、何か伝えたい時っていうのはみんな誰もが歯痒い思いをしたことがあると思う。こんな言葉じゃあなたに対する想いとか自分が伝えたいこの気持ち、今言いたいすごい好きな気持ちとかすごい悔しい気持ち、すごい怒ってる気持ち、こんな言葉じゃ全然足りない!と思いながらも、でも必死に選んだ作業っていうのはすごい愛せるんです、僕は。だから言葉自体は嫌いなんだけど、それを選ぶっていう作業にはすごくこう、ねえ……勇敢だなと思うし、頑張ったなって言いたいし、自分に対してそれをしてくれた人にはさ。それによって誤解されちゃった経験ある人っていっぱいいると思うんですよ。『こうこうこうなんだよね』って言って『それってこうじゃん』って言い返されたら、『いや違うんだよ。今君が突っ込んだそのことを俺は言いたかったんだよ』『いや、でも君全然言葉足んなかった』『いや、足んなかったんだけどさあ』っていう経験したことはいっぱいあると思う。だからすごい勇敢だと思う、言葉選んでしゃべったっていうのは。でも俺の場合やっぱ…………言葉っつうのはいくら選んだって足りねえもんなんだと思います。それが言葉ってもんなんだと思います。だからそれをメロディで補強するっていうか」

→Chapter.5へ続く。

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:43
# by niyalife | 2004-12-30 04:42 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.3
Chapter.2からの続き→

●あなたは一番最初から「精一杯歌を歌う」っていう言葉を歌詞にして。
「そういやそうだな(笑)」
●そっからスタートしてるんだよね。
「はい、そうです」
●その気持ちのままずっと続けてきてるんだもんね。
「そうです。だからいつぞやも言ったと思いますけど、メジャー・デビューする時かな、“俺ら変わんねえから”って。変わってないと思いますよ。ずっと歌ってるからね」
●でも、生きてる自分っていうことと、音楽を歌う、作るっていうことは、どんどんドッキングしてるっていうか、距離が縮まってると思うんですよ。
「うん、ドッキングしてます」
●それが僕は『ユグドラシル』だと思うんですよ。
「うん。……『歌が好きでやってきました』、『音楽が好きでやってきました』っていうバンプ・オブ・チキンとは別に、メジャー・デビューしたバンプ・オブ・チキンっていう見方もあるじゃないですか。そうなってみてわかったことなんですけど、そういうふうになってからのミュージシャンの進む道は大きく分けて2通りあるかなと。音楽と離れていきながら音楽を続けるミュージシャンと、より音楽の方向に近寄ってインナーゾーンに入っていってしまうミュージシャンと、2種類あるなと思うんですけど。俺はインナーゾーンに入ってますね」
●それはなんででしょうね?
「いや、責任感だと思います。何かの避難手段としてそういう方向に走ったのではなく、自分が書いた音楽に対する責任、その曲が生まれてきたことに対する責任、聴いてくれる人に対する責任。そういうのもありつつ」
●今回のアルバムもそうだし、あとで“夢の飼い主”の話も聞こうと思ってるんだけど、あなたは自分が生まれてここまで生きてるっていうことへの責任も歌ってるよね。
「まあそうでしょう、おそらく。はい、そうだと思います」
●今回のアルバムでそれが露になったと思う、『jupiter』と比べて。なんでそこに自分を持っていったの?
「持っていったというか、詞を書くこと……素潜りに喩えましょう。人間の心を潜るべき水たまりに喩えましょう。ま、深さはどの程度かっていうのは決めなくてもいいですけど。詞を書くっていうのは素潜りです。始めたばっかの時はあんま深く潜れないわけです。だから書けるところも表層に近いというか。で、書き続けてるうちに、潜り続けてるうちに、より深く潜れるようになってくる。2メートルだったのが3メートル、だったのが6メートル、だったのが12メートル、だったのが50メートル……ってことなんじゃないかな。と思います」
●深化してったってこと?
「そうそう。肺活量が増えたんじゃないかな、詩人としての」
● 僕はね、これは決着がつかないことに向けて決着をつけようともがいていったアルバムだと思うんですよ。だから『生きてるのか、生かされてるのか』っていうことをすごくこのアルバムの中では語ってるし。“夢の飼い主”の中ではそういうこと以上に、もう呼吸してるだけで僕ら存在してるんだと。
「そうですね。そうです。まあ『存在してるんだよ』っていうちょっとポジティヴな歌い方と取ることもできるだろうし、『存在しちゃってんだよ』っていうふうに取ることもできるだろうし、聴いた人それぞれが感じてくれればいいかな。まあでも、ああいう曲が生まれてきて、ああいう詞が生まれてきて、ああいう歌になって……っていうところでいいんじゃないかな」
●もうちょっと具体的に聞きますね。“夢の飼い主”はどういうふうに生まれてきたんですか。
「“夢の飼い主”は、とりあえず急げと言われました(笑)」
●はははは。
「『早く書け、早く書け』と」
●急かされて出てきた曲だとはとても思えないね(笑)。
「まあでも俺も、ケツ叩いてももうケツが麻痺してるので(笑)、『ああ、OKOK』みたいな感じでゆるく流してたんですけど。さっと書けましたね、なんか知んないけど。でもAメロとかBメロとかサビっていう流れはすでに出来てました。『ユグドラシル』の時から出来てました。その時は1曲っていうカタチになんなかった。そういえば“夢の飼い主”っていうタイトルもあったな」
●これはどういうところから生まれてきたタイトルなんですか?「夢の先なんか見たくない」って歌ってた男が……。
「………… 夢を見るんであれば、もう本当に生半可な気持ちじゃ見れないもんだと思いますし。『ごらん、僕らの夢が空に瞬いてるよ』みたいなロマンティックなセリフを喩えにするんであれば、“ごらん”とか言えないぐらい眩しいと思うし、たぶん。『うわヤッベ、すっげぇ眩しい。目ぇ潰れんだけど、マジちょっと消えてくんない?』と思うぐらい眩しいのが夢だと思うし、『いやでも、あれを見てないと俺の生きてる意味がない』とか『ちょっと存在してること自体が怪しくなってしまう。だから俺は目が潰れてもいいから見るぞ』っつうのが本当に夢を見てる人だと思うし。夢を見てる人っていうのは本当にそんぐらいカッコいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人、そんぐらいリスクを負ってる人だと思うし」
●藤原はどうなの?
「俺はどっちか知らないすけど、もし見るんであればそうだと思います。そういう歌を歌えるわけですからね。で、もし見てないんであれば、“夢の先なんか見たくもねえ”っつって夢見ることをとっくに放棄してる人間かもしれないっす。ま、どっちでもいいと思います(笑)。だから間違っても飼い殺しみたいなことはしちゃいけないなと思います、夢を。“俺は何々になるのが夢なんだよね”って人に言うだけの魚として飼い殺してる奴はいっぱいいると思います」
●飼い殺してる歌もいっぱいありますよね。
「あります、はい(笑)。そういうの散々見てきました。そういう奴にかぎって次会った時には全然違うこと言ってたりするし。あと話を深ーく聞いてみたりすると、その夢に対して日常どういう努力をしてんのか、その夢に近づくため、もしくはちゃんと直視するためにどういう努力をしてんのかなっていう話を聞いてみると、クダクダクダクダと話し始めますけれども。よくよく聞いてみると全部逃避にしか過ぎなかったりとかね。『いや、逆にそうやって遠ざかってるんじゃないすか?』的な方向に話が進んでいっちゃったりとかいう人、俺見たことあります。『だったら最初から見てますとか言うなよ』って。別に見てる人がカッコいいわけじゃないし。夢を見ることができなくて、“夢を見る”っていう行為自体に憧れてる人がものすごいパワーを発揮する時だってあるんだし。そんなの見てようが見てないがどっちでもいいと思うんです。ただ『夢を見てます』、『夢を持ってます』って言うからには、飼い殺しはしちゃいかんなと、思いました」

→Chapter.4へ続く。

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:43
# by niyalife | 2004-12-30 04:33 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.2
Chapter.1からの続き→


●そうなんだ。でも、海のある地でツアーが終わりましたね、今。
「そうですね」
●ちょっとは感慨に浸るところある?
「感慨は特にないかなぁ。ないっすねえ」
●なんでだろうね。
「いやぁ、なんででしょうねえ(笑)。……ステージの上でも言ったけど……今日ライブの前にもらったお手紙とかを読んでたら“今日で終わりですね”的なことがいろいろ書いてあったんだけど、全然ピンとこなかった。そういう気持ちで……いや、どんな気持ちで来てくれても、来てくれる人がいるっていうのはうれしいんだけど、俺としてはべつに“最後がどう”とかそういうのは特になくて」
●なんで? 達成感はあるじゃん。
「達成感ないんだよね(笑)。ないねぇ……達成感ないっす。ない」
●アルバム作って1枚完成するじゃない。そういう時はどうなの?
「それもないっすねえ、うん。何かゴール目指してやってるわけじゃないっすからねえ。だからこの沖縄でツアーが終わるぞ、っていうのを目指してやってきたわけじゃないし。言ってしまえばレコーディングなんて、レコーディングした時点でのゴールだったとしても、その曲自体はツアーなどで歌い続けることでね、また新たな曲の表情が見えてくるものなので」
●逆に育て始める?
「そうそう。だから達成感っていうのはないっすね。レコーディングの時は『ぐっすり寝れるな』とか、そういうのはあるけどね(笑)。いや、毎日レコーディングみたいな感じだから。『今日は夕方まで寝てられる』とか、そういうこと考えたりはするけれども。そんぐらいかな」
●自分の考えてることがひとつのカタチになってほっとしたり安堵したりっていうことはないんだ。
「ないっすないっす。安心とかしたことないっす」
●「安心できたらいいなあ」って思ったことない?
「うーん……安心するのはあまり好きじゃないかなあ。ふふふふ、うん。でもステージの上で一瞬安心することはある。具体的にどういう時とか言えないけど、お客さんがいて俺らがいて、演奏してて聴いてくれてて。で、ある瞬間にふっと……安心っていうか『よかった』みたいなね。バンドやっててよかった、音楽やっててよかった、生まれてきてよかった的なことを、一瞬思うことがあります」
●それは自分の存在が許されてる感じに近いのかな、感覚的に。
「許される感じとか許した感じとかもあるし、確認した感じもあるし。まあでも、そんな定義づけられるもんじゃないかな」
●今回の『ユグドラシル』もそうだし、まあ言ってみればずっとそうなんですけど、藤原の曲は孤独を意識したところから始まる歌が多いと思うんだけど。孤独を意識し始めたのはいつぐらいからなの?
「え? いまだに意識してないすよ(笑)。ま、(孤独が)詞になったっていうことじゃないかな。……孤独とかっていうとちょっとリリカルじゃないっすか。そういうのはけっこう……なんつうんだろ、モラトリアム世代? とかにはすごく最適な自分プロデュースの言葉じゃないっすか、『俺って孤独なんだよな』、『私って孤独なの』って」
●そうだね、ナルシシズムの象徴。
「そうそう。で、それに対して『何言ってんだおまえ?』って言う人もいるし、『ああ、そうなんだ。でも大丈夫、僕がついてるよ、私がついてるよ』って言いたくなっちゃう人もいるだろうし。そのテの流れがすごく嫌いなの、どっちに転んでも。『何言ってんだ?』って否定すんのも嫌だし、『大丈夫だよ』とか言ってあげる感じも嫌だし。だからその事実に……“ひとり”っていうことにリリカルな感情があるのではなく、それはあくまでもただの事実、現象、それに過ぎないと思ってますね」
●ただ、孤独に自分で気づいてしまうと、人はやっぱり動揺すると思うんだよね。だからこそ、それをリリカルにしていったり何かにしていったりするんだけど。フジは音楽にしていったわけじゃない、そういうものを。
「うん」
●だからもしかしたらモラトリアムにいくのも嫌だし、文学にいくのも嫌だし、だからこそ音楽にしていったのかなっていう気もするんだけど。
「音楽になった理由っていうのはあんまりよくわかんないけど、俺が“孤独”って言葉に対して思うのは、マイナス的な要素でもなくプラス的な要素でもなく、ひとつの事実であって現象であって、否定的になる必要もないかなと。ただ、受け入れる必要はあるかなと。例えば僕はすごくメンバーにも恵まれてるし、家庭環境も別に悪かったわけじゃないし。で、僕以上にそういうところで恵まれてる人もいるだろうし、人によっては生まれた時から生き別れみたいな人もいるだろうし。でも、そういう人であっても前者の人であっても、みんな単一で生きてるんじゃないかなと。単体でね、単体の生き物としてちゃんと生きてるんじゃないかなと。誰かのアドバイスに助けられてっていうのもあるだろうけど、誰かのアドバイスを自分の意志で汲み取ったわけですから、そのアドバイスを自分で実践してみようというふうに自分で決意したわけですから、それも自分の力だと思う。その程度のことにしか思ってない」
●そういうことを意識し始めたのは、いつぐらいからなの?
「あ、それはもう小学校ぐらいからずっと思ってた。文集の“なかよし”とかそういうタイトルがすごい嫌だった。なんでいちいち『俺達なかよしだよね』みたいなさ(笑)、嫌だなあと思った。みんなで力を合わせて何か出来たぞっていうのも素晴らしいけど、それは単独の生き物達それぞれが“力を合わせる”っていうのを独断で選んだわけですから、最初に。そこをもっとみんな自分で意識するべきだし自覚するべきだし、教育する側もそれを評価するべきじゃないかなとか、ずっと考えてた」
●小学校時代から?
「そうだね。ま、こんな難しい言葉とかは言えなかったけど、そんなようなことを考えてた。だから教科書とかはよくわかんなかったっす。美術の教科書とかすごいわかんなかったし、書道のお手本とかもすごいわかんなかったし。あのとおりに書こうなんて思ったら誰でもできるし。俺、半紙の下に敷いたんですよ、お手本を。超かしこいと思ったの(笑)。こうすればみんながみんなキレイな字書けんじゃんと思ったの。そうすると怒られんだよね。『自分でちゃんと書きなさい』って言うの。結局それは『上手に真似しろ』っつってるだけじゃないすか」
●でも点数つけるからね。
「ねえ。よくわかんないっす。だって芸術でしょ、結局は。何かのとおりにやったところでね、そんなのモノマネ大会じゃないすか。モノマネの上手な人に賞が贈られるだけじゃないっすか。美術もそうですよ。色の塗り方とか指定されますからね、『筆を置くように塗っていきましょう』って」
●音楽はどうだった? 最初っから音楽は答えのないものだった?
「うん、僕は作詞作曲ずっとやってましたからねえ。バンド始めた時はコピーもやりましたけど、あんま音楽でお手本っていうのはなかったですね」
●どういったものを作ってたの? 最初。
「たんこぶの歌とか作ってました(笑)」
●それって日記のように?(笑)。
「いや、たんこぶが出来た瞬間ですね(笑)。今歌うこともできるんだよ(笑)。できるけど歌わないよ(笑)」
●ハーモニカで吹いてよ(笑)。
「そんなの絶対しない。恥ずかし過ぎる(笑)。たんこぶが出来た瞬間に僕、鼻水が出たんです。頭打った瞬間に鼻水がブッと出たんです。その、鼻水は突然出たんだけど、たんこぶはゆっくりと膨らんでいくっていう、その瞬発力とゆっくりな感じと、そこに何か感じたんだろうな(笑)。たんこぶはゆっくり大きくなっていくけど鼻水は急に出てしまったみたいな、すごいね……淡々と歌ってました」
●それはゆっくりした曲なの?
「ゆっくりで、突然速くなる。鼻水をズッと吸うじゃないすか。それを歌う時に速くなるんです」
●ははははは!! 聴きてえ(笑)。
「聴きてえか(笑)。聴きてえだろうなぁ。歌えねえ自分がちょっと悔しいよ(笑)」
●そこまで裸になれないよね、マイクを前にね(笑)。
「そうそうそう」
●じゃあフジにとって音楽というものは、自分がその瞬間に思ったことを自分の代わりに言い表わしてくれるものだったのかな。
「いや、そんなことは思わなかったっすけど」
●だって今の話聞いてると完全に日記だよ。
「ま、そうかもしれないっすねえ。今はほんとそう思いますよ、音楽以上に自分のことを表現できることはないだろうなと思います。いくら言葉重ねても事実から遠ざかってる気がするし、自分が伝えたい気持ちの中心から遠ざかってる気がするし。音楽が自分の言語になってるっていうのはね、ガキの頃とかはそんなのべつに考えてなかった」
●そうだよね。子供の頃はもっとわかって欲しいし、説明をするよね。
「うんうんうん」
●そういうところで「なかなか難しいなあ。わかってもらえないなあ」って感じたことが、音楽で答えを求めていったり、音楽を響かせていくエネルギーになったりとかしたの?
「いや、結果オーライな気がしますけどね。“ギターに出会った。俺の求めてたものはこれだ。これでみんなに俺のことわかってもらえるんだ。俺の叫びを聴いてくれ!”みたいな、わかりやすい流れは本当になかったので。ギター流行ってたからやったって感じだったしねぇ。ま、歌うことは好きだったですね。小学校高学年とか中学校ぐらいになると、男子とかみんな歌わなくなりますよ、音楽の授業とかね。俺はちゃんと大きな声で歌ってました。ただまあ、“それが自分の生きる道”みたいな大それたことは一切考えてなかったし」
●でも歌ってたら仲間が出来たんだもんね。『いつも歌ってる奴がいる』って升がバンドに誘ってくれたんだよね?
「そうそう(笑)。遠足とかのバスの中でもカラオケ大会みたいになるわけですけど、よく『基央、歌ってくれよ』みたいになりましたねぇ、そういえば。で、クラスのカワイコちゃんと♪夏、夏、夏、夏ココナ~ツ♪」
●デュエットしたの?(笑)。
「♪ 小麦色に焼けてるおまえのせいさ~♪ってあるじゃないっすか。その子が本当に小麦色で、俺笑っちゃいましたけどね(笑)。ホンットに小麦色でね、カッとこう……なんでもないっす、すいません(笑)。瞳はパッションブルーでしたね、そん時はほんと(笑)。夏泥棒、はい(笑)」
●ははははは。じゃあ何の歌でもよかったんだ。
「何の歌でもよかったですよ。あ、でもやっぱ歌ってて楽しい歌がよかったっす。だから今歌ってた歌もAメロのオンコードの感じがすげぇ気持ちいいと思って歌ってたんだと思います」
●いつぐらいから、外から聴こえてくる歌を歌うより、自分の中から出てくるものを音楽にしていくことのほうが、歌っていて気持ちよくなってきた?
「それは子供の頃からあったんですよ。テレビでね、どっかの部族が雨乞いの儀式でお祈りしてる場面をやってたんです。そういうのって、子供が観ると爆笑なわけですよ。『なんだこいつらは!?』みたいになるわけです。素っ裸で変なお経唱えて『なんだコレ!?』って思ってたわけです。やってるほうは真剣でしょうけどね。それを歌にしたりしてましたね。笑ってくれるわけです、大人はね。おひねり投げてくれるわけです。だから歌うのは好きでしたねえ。自分で作ったほうがウケるっていうのわかってましたね(笑)」
●賢いね(笑)。
「うん、その辺は狡猾でした。……そうだ、いろいろ思い出してきた!歌はすごい作ってました、本当に。ピアノがあったんすけどね。ピアノは練習したんです、『やさしいバイエル』とかそういうの見ながら。で、『卵を持つようにやりなさい』って言われたんです。でも俺はその頃からビリー・ジョエルをずっとビデオで観てたので、ジャズ・ピアニストの人達が叩くようにベタッとやってく、あの手がすごいカッコいいな、ああいうふうにやりたいなと思ってて。でもこういうふうに弾く練習をすると怒られるわけです、お母さんとかピアノの先生とかに。で、らちがあかないってことになって、鍵盤のすぐ縁のところに画鋲を置かれるわけですね、ザーッと。『痛い!』ってなるじゃないすか。そんなもん卵を持つように弾いたって刺さりますよ。でも『これで大丈夫』みたいな顔してるんですよ、親はね」
●………危ねえなあ。俺が爪を噛む癖を直させられるために、爪に正露丸塗られたのとはわけが違うね。
「ははは。でもいわゆる教則なわけじゃないすか。必要なわけじゃないすか、上手になるためには。きっと理に適ったフォームなんですよ、この“卵を持つように”っていうのは。でもそういう練習よりも、自分でピアノで曲を作ってたな。ま、ほんと幼稚なもんだったけど。そっちのほうが楽しかった」
●藤原の曲は、ブルースとフォークがものすごく根深いところで根付いてる音楽だと思うんですけど、そういったエッセンスを自分の中にもらった時期っていうのは、そんなに昔じゃなかったわけ?
「ブルースは、高校ぐらいになってサザン・ロックと出会って『すげぇいい』と思ったんですね。だからブルースよりもサザン・ロックですね、どっちかというとね」
●それは自分の歌いたいこととコード感みたいなものがピタッとハマったから?
「いや、音楽として好きだったんでしょうね。コードの話をしてもいいですか?」
●はい。
「Dから始まったら2つめのコードがCに落ちていく感じ。で、Gに落ち着いてまたDに戻る感じ。あのー、聴いてる人はもしかしたらわかんない人いるかもしれないすけど、もし楽器を持ってる人がいたら確かめてみてください。サザン・ロックではけっこう王道とされてるコード進行なんですけど、それがすごく気持ちよかったですね。“リトルブレイバー”とかもまさしくそんな感じです、Aメロとか。なんか“泣き”にもってってない感じがいいんじゃないすかね、うん」
●はははは。
「コード進行の話を続けると、最近これやってる人多いんすけど、Cから始まったらGにいって、Amにいったら次EmにいってFにいって、っていうのがあんま好きじゃないっす。いわゆるだからフォーク・ソング的なね。クラシックで言えばなんだろう、“G線上のアリア”とかそうなるのかなあ。いや、綺麗だとは思うんすけどね、『さあ、感動してくれ!』みたいな感じのコード進行よりも、そっちのほうが好きだったな」
●センチメンタル過ぎる?
「うん。あまりにも綺麗過ぎる。で、サザン・ロックが好きになって、オールマン・ブラザーズ・バンドとかレイナード・スキナードとか死ぬほど聴きましたねえ。そういうもののルーツを辿っていくと、カントリーだとかブルースだとかがあるわけですね。そういうとこからだと思うんだけど、ブルースを感じるのは。だからロバート・ジョンソンとか聴きましたけど、いいなとは思いましたけど、レイナード・スキナードほど聴きはしなかった。どっちかっつうとサザン・ロックを聴いて育ったであろう80年代ハードロック・バンド達? スキッド・ロウとかそっちのほうがよく聴きましたね」
●ボン・ジョヴィも好きだったしね。
「ボン・ジョヴィも聴きました。それはもうみんな聴いてました、高校の時は。ボン・ジョヴィ知らないと話ついていけなかったからね。ボン・ジョヴィ、ミスター・ビッグとかその辺は知んないと。で、みんなあれ練習したんです、“グリーン・ティンテッド・シックスティーズ・マインド”っていう曲、ミスター・ビッグの。あんなの弾けるわけないっす。俺も『その曲いいよね』とか言いつつも、レイナード・スキナードとかをひとりで練習してたわけですよ」
●悔しくてミスター・ビッグを練習したりはしなかったの?
「いやいや、俺、速弾きとか全然練習しなかったです。そういうテクニックを披露するような意識はなかったですね。基本的にやっぱ伴奏楽器、和音。で、リフ的なものがあるとすれば、和音が音楽としてリズムと出会った時にリフになるみたいな、そういう感じでギターにのめり込んでったかな」
●ちょっと逸れるけど、負けず嫌いだよね。
「ま、たぶんそうだと思います(笑)」
●誰よりも速弾きをしてやろうとか、みんなの中に混じって勝っていくことよりも、違う中から面白いこと見つけて「フフフー」ってしていく名人だよね。
「ふふふふ。だって興味なかったんだもん、ほんと。好きな人には申し訳ないすけど、リッチー・サンボラとかポール・ギルバートとか。ボン・ジョヴィとミスター・ビッグのギタリストですけど。とか、イングヴェイ(・ヨハン・マルムスティーン)とか。こないだ韓国行った時に対バンしててびっくりしたんすけど、スティーブ・バイとかね(笑)」
●ギター・ヒーローじゃん(笑)。
「リハに6時間も取ってびっくりしました、ほんとに。舞台の袖にトリプルネックが置いてあってびっくりしました。……そういうのとかあんま興味なかったんです、好きな人には申し訳ないすけど、音楽の方向性として。だってギターで速弾きする意味があんまよくわかんなくて。“速く速く”っつったらスポーツ的な感覚になってくる。『スポーツじゃないんじゃないかな』っていうふうに思ってましたね」
●もっと感情を表す調べみたいな感じ?
「そうそうそう。だからね、コピー・バンドの助っ人でギタリストとして入ったりもしたんす。メタリカもやりました。メガデスもやりました」
●似合わない(笑)。
「いや、好きですよ。80年代のハード・ロック、ハードコア。ハードコアって言葉まだなかったか。ヘヴィメタルとか、そういうバンド達。そうそう、ちょっと南部アメリカ的な匂いのするバンドが多かったんです。シンデレラとかもそうでした。バラードとか聴くとすぐわかったりするんですけどね。そういう匂いを感じる瞬間っていうのはすごい好きでした。お家に帰ってブラック・クロウズ練習してたりとか、そういう感じでした」
●土臭い音楽が好きだし、一番最初の海と山の話にも繋がるんだけど、やっぱり何かを踏み締めていく、ダウン・トゥ・アースなものにフジは惹かれるんだと思うんだよ。
「ああ」
●音楽的にもそうだと思う。だから自分の手の世界からこぼれ落ちたものは歌わないしね。自分の踏み締めた実感の世界だけしか歌わない。一貫してそうだもんね。
「でも、こぼれ落ちたものは、“こぼれたよ”ということは歌いますよ。“こぼしましたよ”ということは歌います。まあだから事実主義なつもりです。……ギターの流れですけど、アルペジオが好きなんでしょうね。和音でありながらちゃんとリズムと出会っていて、それで感情がそこにあって、それで伴奏しているっていう。俺にとってギターってそういう楽器ですね」
●じゃあ、歌はどういうものなんだろうね。
「歌。……歌はもう何でもないっすね、逆に言えば。メシみたいな(笑)。メシ、酸素、なんだろう……気の利いたことは言えなさそうです」
●こうやってずっと曲を作って、バンプ・オブ・チキンを続けていく中でツアーもどんどん長くなって、歌う回数も増えて、歌っていられる状態もどんどん長くなっていますよね。それは自分にとってすごく幸せなことですか。
「幸せですねえ。幸せじゃない瞬間も含めて全部幸せだと思いますねぇ。……そう思います。あのー、『俺は歌うために生まれてきた』とか思わないですよ。思ってなかったっすよ。でも、今は思います。何を思うかっつうと、歌えなくなったとしたらもう死ぬしかないなっていうのは(笑)、もう笑っちゃうくらい本気で思います、本当に。それはほんと、どう考えてもそうしかあり得ない。『歌わなくなったら俺死んじゃうよ』みたいな、『うさぎは寂しいと死んじゃうよ』みたいな。そういう不思議な感じじゃなく、物理的にやってけねえなと、生命体として」
●ははは。
「それは思います。それは音楽ずっとやりながらね、25歳まで歳を取ってきてやっと思えたことだと思うんです。何をするために生まれてきたかっつったら、息をするために生まれてきたんだと思うんすけど。歌うためとか、そういうカッコいいことではないと思うんですけど。でも何を取られたら死ぬかっつったら、やっぱ“歌うこと”なんじゃねえかなぁ。『まぁたカッコつけて』とか言われっかもしれないすけど、ほんとそう思っちゃいますね、なんかね」

→Chapter.3へ続く。

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:43
# by niyalife | 2004-12-30 04:27 | 音楽
バンプ・オブ・チキン/藤原基央 December 9&16, 2004 Chapter.1

●沖縄ですよ。
「はい」
●海です。ここね、那覇市にあるバッカスの胃袋っていう店なの。
「バッカスね。バッカスは酒の神様ですか?」
●酒の神様です。藤原は、胃袋強くないでしょ。
「ま、強くはないんじゃないんすか……くくく」
●何だよ?(笑)。
「だってヘンじゃん、こんなシチュエーション(笑)」
●俺と向かい合ってくれよ(笑)。
「いやいや、向かってる向かってる、大丈夫、大丈夫(笑)」
●ツアーも終わったし、沖縄だし、ちょっと海の香りがするような、波の音とかがサーッとするようなところでやりたいなぁと思ってね。
「車の音がするけどね(笑)」
●そうなんだよね(笑)。でもフジの後ろ側、海なの。
「あ、そうなんだ。暗くて何も見えねえや」
●海は好きですか。
「海好きですよ、うん」
●海はよく行くの?
「行くねえ。夏とかには行きます。子供の頃から海行く」
●あんまり海とか水とかっていうのが出てくる歌ってないよね。
「なんか不思議ちゃんっぽいじゃないすか、それ。水とか出したらねぇ……わかんねえけど(苦笑)」
●ぶっとびすぎ?(笑)。
「そそ。どうなのかわかんないけど。そうだねえ、水とかそういうイメージがあんまり詞に出てこないのは偶然じゃないかなぁ」
●山とか緑とかのほうが多いと思うんだけど。
「ああー、それはたぶん、小さい頃おじいちゃんに連れてってもらったのが山ばっかだった」
●おじいちゃん山登り好きだった?
「もうすごい昆虫博士だし植物博士だし、何でも知ってた」
●おじいちゃん子だったんだ。
「おじいちゃん子でしたねぇ。母方のおじいちゃん子です。小学校の頃亡くなっちゃったんですけどね。あんま海とかは『行きたい』って言わないと連れてってもらえなかったし、『行きたい』っつっても連れてってもらえなかった。なんかずっと暑いじゃん、海とか。そういうのダルかったんだと思う、たぶん。俺はガキだからそんな気にしなかったけど。けっこう溺れかけたりしましたよ。シャチのぬいぐるみみたいな……ぬいぐるみって言わないか、浮くやつ。あれに従兄弟と一緒に乗っかって、気づいたら、遊泳区域の区切ってある浮き袋あるじゃないっすか。あれからもっとさらに行っちゃって。ガキだからあんま気づかないで。で、岸辺のほうでは大変な騒ぎになってたっていうね、そういうことはよくありました(笑)。あと男の子はみんなやると思うんだけど、波と闘うっていうかさ」
●波に向かってくんだよね。
「そそそ。波にパンチをするみたいな、波を蹴っ飛ばすみたいな。ああいうことはずっとやってました」
●溺れそうになりながら。
「溺れそうになりながら(笑)。だから親はほんとハラハラしてたと思う」
●今も旅に行くと山とか緑とかを求めるよね。
「あ、どっちかっていうとそっちだね、そういえばね」
●そういう険しさに惹かれてっちゃうの?
「秘境っぽいとこが好きなのかな、なんか。山の畝が重なって重なって重なってみたいな風景は、なんか厳しくていいなあと思う。海のだだっ広い開けた感じも好きだけど、そういうのよりも複雑な感じのほうが興味をそそるのかもわからないです」


→Chapter.2へ続く。

Last Update : 2004年12月16日 (木) 01:43
# by niyalife | 2004-12-30 04:18 | 音楽
ニューアルバム「ユグドラシル」リリース! BUMP OF CHICKEN 直撃インタビュー 後編(ワイズ・スポーツ)
音楽でつながることができたらいい。
それは絶対にできるから。

 前回「藤原基央はいかにしてメッセージに目覚めたか」を軸にさまざまな秘話を語ってもらった。続く後半は、アルバム制作を通じて、4人がなにをつかみ、なにを鳴らしたのかを語ってもらうことにした。おさななじみ四人組から音楽家として飛躍したバンドの、たくましい現在地がここにある。

(写真左より、升秀夫、藤原基央、増川弘明、直井由文)
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■■メンバーそれぞれが「音楽」を奏ではじめた■■

藤原(ボーカル&ギター):ぼくらとしては必要な分だけ時間がかかったんだと思ってます。だから長いという感じはないですね、主観を言わせてもらえば。

Q:では、客観的に見て、ほかのメンバーの変化なり成長についてはどう思いますか?

藤原:基本的には変わってはいないと思うんですけど、例えば升くんなんかは、以前にない行動が目立つようになりましたね。詞をすごく読んでくれるようになりましたね。以前から読んでくれてたんだろうけど、活字としての情報というより、詞の精神性そのものに寄ってくれるようになりましたね。それによってプレイも変わりましたね。ぼくは歌ってて、それをすごく感じました。以前にも増して歌のためのドラムになりましたね。

升(ドラム):より「歌」として受け止めるようになったんだと思います。前はほんとうに「読んでいた」んですけど、今度は歌として自分のなかに入れる作業が、ドラムをたたく上でプラスされたっていう。リハーサルの段階では藤原はいなかったから、そうするとプレイが歌から離れちゃうんですよ。だから藤原がいようがいまいが、自分のなかに歌がないとダメだなと思って、歌詞を常に見て、歌って、ドラムをたたく方向でずっとやってましたね。それによって歌詞の深い部分に肉薄できたような気がします。あと、メンバー同士で話すようになりましたね。それが結構、大きいと思います。前はリズムがあってれば、それで終わりがちだったところを、お互いにどうするべきか話し合ったり。もちろん、ぼくらはミュージシャンなので音のなかで会話できれば最高なんですけど、残念ながら、そこまで至ってないので。だから、言葉でのコミュニケーションをやったと思いますね。

直井(ベース):ほとんど藤くんが家で曲を作ってるから、作業は1対3になることが多いんです。たまに藤くんはスタジオに来て2~3回歌うくらいで、一言いって帰るっていう。「演奏が硬い!」とか「いいじゃん!」とか(笑)。でも、いっぱい何かを言わなくても藤くんが歌えば「ああ、ここをほどけばいいのか」ってわかるから。そこから、また3人でやってましたね。増川くんにとっても、ここから始まるのではないかと思いますね。自分の生きることそのものや、感情をぶつけてた気がするんですけど、「ユグドラシル」で音楽を奏ではじめたなと自分でも思ってるんだけど、ヒロ(増川)もその一歩手前まで来たんじゃないかな。

増川(ギター):そうですね。うまく言えないですけど、今までは、音源に入るべき音がモヤモヤしてたのが、今回のアルバムに関しては必要な音が必要な場所で鳴ってると思いますね。

■■メッセンジャーだとは思わない■■

Q:99年にデビューしてから今まで活動を続けてきて、メッセージを放つことに対して揺らいだことはないですか?

藤原:いや、メッセンジャーだと思ったわけじゃないんです。まず音楽ありきです。ただ、ステージに立つ以上は音楽なり精神を伝えたいんだろうっていう意味では、ステージに立つことが先に来るわけですね。だから、いまだにぼくは自覚するのが難しいんです。メッセンジャーって言葉自体、ぼくのなかでは違うんですね。ときどき自覚できることもありますけどね。「ダイヤモンド」なんかを歌ってるときは、それがあるんですけど……。歌いたいことを探す行為自体、俺のなかでは違和感のあることなんでね。この2年間の創作活動も、なんかプランを練りながら作ってきた感じがしないんですね。生理現象に近かったと思います。腹が減ったら飯を食う、そういうのに近いことだったと思います。
 ひとつ言えるのは、ぼくが音楽に触れられて、リスナーが「ユグドラシル」って音楽に触って、触れられて、その結果、リスナーとおれらがつながるっていう。それが言葉なんかより全然信用できます。触ることが一番重要な作業なんです。

■■音楽でつながった「韓国ライブ」■■

藤原:韓国のライブにおけるぼくらのメンタルや意識ですけど……ぼくらは国内でライブをやってるときから、「感情論や言葉でお客さんとつながるわけじゃない、音楽でつながるんだ、おれらは」って思ってやってたんですね。煽ることもないし、MCも極端に少ないバンドだと思うんですね。だから、韓国では本当に、その真価が問われるんだと思いました。日本ではたくさんコミュニケーション手段があるうちの、そのなかのひとつを選んで人とつながるってことなんですけど、言葉の通じない国だから、音楽しかコミュニケーション手段がないわけじゃないですか、ほんとに。だから、真価が問われるんだと思って、ステージに立ちましたね。それで実際、つながれたわけだから……うん、再確認しましたね。俺らは間違ってないんだなっていう。ステージがあって、聴いてくれる人がいるんであれば、どこにでも行けるって思いましたね。どこのステージに立ってもBUMP OF CHICKENのとる手段は変わらないんだって、再認識しました。全部ひっくるめて楽しかったです、喜怒哀楽すべてがびりびりして楽しかったって感じですね。

Q:すごく大きな体験だったんですね。

藤原:そうですね。会場が海水浴場だったんですね。フリーライブだったんで、海水浴目的で来た現地の方も、たくさんそこにいるんですけど。なんか、スタッフの方から聞いたんですけど、海からあがって、ぬれたままぼくらを見てくれた人がいたみたいで(笑)。「ガラスのブルース」って曲の、弾き語り部分を一生懸命歌ってくれてたらしいんですよ。日本語にならない歌詞で……(笑)
 ぼくは昔からイベントに呼ばれたときも、ほかのバンドが一生懸命盛り上げた客をね、怒らせるようなことを言ってたんです(笑)。お客さんとギブ・アンド・テイクでつながりたいと思ってたし、ぼくらが一歩歩み寄った場合には、そちらからも歩み寄ってくれないだろうか?って常に思いながらやってたから。

Q:昔は具体的にはどういう風に挑発してたんですか?

藤原:まあ、つまんないなら帰れよってことですよ(笑)

Q:ははは。いいですね。

藤原:二歩分距離があるとしたら、おれらは一歩縮めたわけで、そこでものすごく楽しいことをやって待ってるから、あと一歩寄ってきてくれってずっと言ってましたね。韓国では、まさに二歩分の距離を、お客さんと俺らが一歩ずつ縮めたんだな、そこで音楽が待っててくれたんだな、と思いましたね。
 だから、これからのツアーでも、韓国のライブでも感じたようなことだと思うんですけど、音楽と響き合える瞬間を自分から貪欲につかんでいく作業ですね。音楽でつながることができたらいいなあ、と思います。それは絶対にできるから。

(インタビュー・文/其田 尚也)


<公式サイト>
http://www.toysfactory.co.jp/bump/

http://www.bumpofchicken.com/


[ワイズ・スポーツ 2004年8月30日]

次回オンエア
木曜深夜25時よりTOKYO FM(80.0Mhz)にてオンエアしている音楽ラジオ番組『discord』
12月9日、16日放送のバンプ・オブ・チキン藤原基央編は、ポータル・サイトExciteMusicとのコラボレートにより、現在その一部始終を無料ストリーミング配信しています!! 動くインタヴュー=藤原基央と鹿野のライヴ・トーク・セッションを目撃してください。
詳しい情報を知りたい方は、
Excite Music http://www.excite.co.jp/music/
にアクセスしてください。
# by niyalife | 2004-12-30 00:04 | 音楽
ニューアルバム『ユグドラシル』リリース! BUMP OF CHICKEN 直撃インタビュー 前編(ワイズ・スポーツ)
伝わる喜び、相手と確実に一対一でつながる実感、
こういう瞬間に出会うためにステージに立つ



 BUMP OF CHICKEN(バンプ・オブ・チキン)、通算4枚目のニュー・アルバム「ユグドラシル」がリリースされた。楽曲・演奏・メッセージ、すべてが壮大なスケールを帯びて聴く者を揺さぶる傑作である。
 世間を巻き込んだ"天体観測"のヒット以来、破竹の勢いで突き進んできたバンプだが、前作「jupiter」から本作ができあがるまで、実に2年半もの時間が流れた。果たして彼らはこのアルバムにどのような「思い」をこめたのか?
 「友達歴20年」という、幼なじみである4人の歴史を振り返りながら、呪文のようなタイトルをもつアルバム「ユグドラシル」を解き明かす。

(写真左上より時計回りに、藤原基央、升秀夫、増川弘明、直井由文)
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■「運命」のバンド結成

藤原(ボーカル&ギター):中学の文化祭で結成したバンドが前身になって、今の4人になったのは高校のときですね。バンド名の意味は弱虫の衝突というところから、はじまったんですけど、今となってはどうでもいいですね、鳥のイボでも鳥肌でもなんでも(笑)。4人でコンテストに出ることになって、バンド名がなきゃはじまらないからつけただけですね。

Q:メンバーの楽器のふりわけはどのように決まったんですか?

藤原:升くんがドラムを拾ったので、そこから随時(笑)。

升(ドラム):誰がどの楽器やるとかとかいう話し合いじゃないんですよ、うちらの場合は。ドラムが落ちてなかったらバンドやってなかったって今でも思います(笑)。

藤原:だって、最初、こいつはベースやりたいって言ってたから(笑)。

升:(笑)ドラム拾ってなかったら、こんなところでしゃべってないですよ。だから運命ってあるんだなっていう。

直井(ベース):おれ、なんでか知らないけど、中2で文化祭でバンドやったときから、こうなるのがわかってたんですよね。「お父さんに高校行かずにミュージシャンになるわ」って言って、バカ!って怒鳴られてましたね(笑)。そんな甘くねぇんだっていう。大学検定と調理師免許をとれて、二十歳までに音楽活動のひな型ができたらいいよって言われて、ずっとそれに専念してました。だから遊びもなにもなく、地獄の3年でしたよ(笑)。でも、なんか、ほんとに、漠然とそう感じたら不安も何もなかったです。

Q:そのころからオリジナル曲を作ってたんですか?

藤原:そうですね。サザン・ロックみたいなやつを。「デザート・カントリー」っていう(笑)。ビートルズや、当時のパンク少年がやりそうなグリーン・デイやニルヴァーナなんかもカバーしましたけど、オリジナルのほうが楽しくて。コンテストもオリジナル曲で出たんですけど、当時は自分にとって都合の悪い情報はシャットアウトするようにできてたんでしょうね。ちょっとでも喜んでくれる人がいたら、その評価だけを大事に大事に生きてたような気がします。
升 コンテストで一位になれなかったけど、「評判よかったよ」って話を聞いたら、おれらのなかでは千葉県二位の高校生バンドって話になったから。

増川(ギター):そうそう、めちゃめちゃポジティブ。

藤原:そのときは歌詞が英語で、たいして思い入れのないような、メッセージを見出せないような曲をたくさん書いてた気がします。

■■歌を「伝える」喜び■■

Q:日本語の歌詞が生まれたのはいつですか?

藤原:「ガラスのブルース」って曲なんですけど。その前に「ダニー」って曲があるんですね。自分たちでグルーブしてる実感をつかんだ最初の曲で、だからいまでもやってるんですけど、その曲でいい成績を残したことがあったんです。「ダニー」は家出した友達の横で作った曲で、すごくやっかいなことに巻き込まれたと思いながら作ってましたね。散々グチを聞きながら、あんなに楽しい曲を作ってしまったっていう(笑)。

Q:それは、その友達を楽しませてとか、そういうことじゃなくて?

藤原:でも、友達は、次の朝にじんましんが出てましたね(笑)。そんな調子悪くて家出するくらいなら早く家に帰れっていう。まあ、それで「ダニー」って曲をやってて、関東大会まで行って。ぼくらにとっては大金星だったんですけど、そのとき某業界の方に声をかけていただいて。「なんで英語でやってんだ?」と。本音をいえば、洋楽聞いて育ったし、英語カッコいいからって言えればよかったんですけど、おれは何を思ったか、「世界に通用するじゃないですか」って言ったんです。すると爆笑されるわけです、「何を言ってるんだ」と。「その前に日本を沸かせてみろ、今の段階では君らの自慰行為にすぎない」と。腹も立たない、まさにどんぴしゃなことを言われたわけだから。そうだな、英語で胸を張る前に、日本語でいい詞書けなきゃ偽者だなっていう。
 そのときにぼく、タイミングよく、高校を辞めることになりまして、それでゆっくり書いていったのが「ガラスのブルース」ですね。

直井:それまでは、ただお客さんと騒ぐのが楽しいって感じだったんだけど、「ガラスのブルース」をプレイしてるときに、メッセージをちゃんと「伝えてる」って感触があったんです。最初はすごい不思議な感覚でしたよ、こんなのはじめて!っていう。

藤原:なんかすごいものを作った気がしてたんですね。すぐにデモテープを作って、ウォークマンに入れて、いろんなところで聞いたりしてましたね。それで、ぼくの周りの友達に聞かせたりすると、例えばヤンキーっぽい奴でも「お前、こういうこと考えてたんだな」ってあらためて言い出すわけですよね。「おれのやりたいことってなんなんだろう?」とか言うんですよね。それで、伝わる喜びに味をしめたんですね。なんでステージに立つかっていうと、こういう瞬間に出会うためだって思ったんです。それからコンテストで全国優勝したり、「ああ、そういうことなんだな」って思いました。覚悟もなんもないバンドがステージに立つ資格はない、と。ステージに立って金をとる以上は、伝えたいことが必要で、そういうものがあって初めてステージで点数をつけてもらえるんだろうなっていう風に思いましたね。めでたく全国優勝することができたんですけど、楽屋にトロフィーを忘れそうになるくらい……。

直井:いや、実際、忘れたよね(笑)。

藤原:(笑)優勝がどうこうじゃなく、音楽をやってる喜び、歌を歌ってる、そして歌ってる相手が一人だろうが百人だろうが確実に一対一でつながってるっていう実感がありましたね。

■■それぞれに響きあう「ユグドラシル」■■

Q:それからずっと日本語詞になったんですが、歌詞に独特なものがありますよね。今回のアルバム・タイトルは北欧神話の「世界樹」のことだと聞きましたが、なぜ、バンプは曲名などで神話やファンタジーをモチーフにするんだと思いますか?

藤原:でも、自分が書いてるものがファンタジーだと思ったことは一度もないんですよ。要するに、大きな比喩なんだと思います。だって、ファンタジーの世界を生きてないと俺はファンタジーを書けないですね。実際、ドラクエみたいな世界に行って、そこでマジ・バトルした経験がないと書けないですね。リアルな世界しか生きたことのない俺が書く曲はリアルでしかないですね。だから、「ユグドラシル」っていうのも、単に「響き」なんです。なんで、この言葉が出てきたかというと「グングニル」(2000年リリースの「THE LIVING DEAD」収録)って曲を書いたときに北欧神話のなかでの言葉だっていうことを知って、それから覚えてたんでしょうね。独特な響きをもつ言葉じゃないですか。あと、漠然と大きな木というイメージも残ってたから。
 まず、オープニングとエンディングの2曲のインストゥル・メンタルを除いた12曲ができて。「asgard」「midgard」は、それに表紙と背表紙をつけるような感じでした。12曲自体はアルバムのために生まれてきた12曲じゃないんです。せっかく生まれてきた奴に「何々のために」って重荷を背負わせるのはすごく酷だし、可哀相だし、そいつはそいつの響きを持ってるんで。要するにBUMP OF CHICKENと一緒ですね。BUMP OF CHICKENも誰一人として「BUMP OF CHICKENのために」っていう存在じゃなく、一人ひとり人が歯車としてここにいることを選んでるだけなので――だから、曲が勝手に響いてるなかで、それをアルバムという形態でリリースしたんですけど、ユグドラシルって言葉は全部をまとめるいい言葉だと思います。

********以下、後編に続く*******************


(インタビュー・文/其田 尚也)


<公式サイト>
http://www.toysfactory.co.jp/bump/

http://www.bumpofchicken.com/


[ワイズ・スポーツ 2004年8月25日]

# by niyalife | 2004-12-29 07:44 | 音楽


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